フリースクールをはじめた理由①

こんにちは!松山冒険遊び場の山本(よっしー)です。私たちがフリースクールを始めるに至った経過にはさまざまなことがありました。一言では伝えきれない出来事の繰り返しの中で「やりたい」というよりは「やらなければいけない」という結論に至ったのです。

息子が不登校に

私には4人子どもがいます。28歳の娘、25歳の息子、20歳の息子、17歳の娘です。現在20歳の息子が小学校5年生の頃、いじめがきっかけとなり、運動会の練習が嫌いで行き渋りが始まり学校へ行かなくなりました。行かなくなってからはほぼ毎日ベットから出てこない時期が1年以上続きました。それから少しずつ外に出ることができるようになり、中学3年の2学期頃から高校へ行くために勉強を始め、おかげさまで松山北高校の中島分校へ3年間通い、現在は自ら選んで大学に通っています。

この息子が学校へ行かなくなるという予感は母親である私は実を言うと小学校へ通い始めたころから感じていました。集団行動が嫌い、みんなと同じことをするのが嫌い、運動が嫌いな息子。その反面、勉強が嫌いなわけでもないし、本が大好きで毎日でも本を読んでいるタイプの子がどうして学びの場である学校に行けなくなるのか?そんな疑問もありました。確かにいじめや我が家の家庭の問題なども要因にはなっているとは思います。それでも「学校が楽しい」と思えていればきっと行けたんだと思っています。

6年間の地域の公園での冒険遊び場活動から見えてきた問題点

28年も子育てをしていると社会の変化と共に変わってきた子どもを取り巻く社会の変化もとてもよく見えてきます。

28年前は携帯型のゲームも、スマホもない時代。小さな子から小学生、中学生まで当たり前に地域の公園や空き地で遊んでいました。

それが、2000年頃には誰もが携帯用ゲーム機(DS,PSなど)を持ち始め、今では小学生低学年までもがスマホを持ち歩き、毎日一人でゲームをしたり動画を見たりして遊ぶ時代となりました。

自分の子どもがこのままではまともに育たないのではと危機感を感じ、2006年8月からアイテム愛媛近くの公園を借りて毎週土曜日、地域の子どもを集めて遊び場活動を始めました。

そこで見てきた子どもたちの遊ぶ様子が今の活動の原点となりました。

見えてきた問題点は・・・

  • 誰かをターゲットにしていじめ(いじり)をしながら遊ぶ子どもたち
  • 危機管理能力が低い
  • 遊びを知らない
  • 子どもの貧困
  • 放置される子どもたち

いじめ(いじり)のターゲットは誰でもいい感じで、ちょっと変わった子、頭がいい子、発想が豊かな子、服が地味な子、正義感がある子、塾に行けない子、そして発達障害ではないかと思われる子などが毎回その対象となっていました。冒険遊び場では大人が見守っているのでひどい時には声掛けをしますが、一週間に一日だけの関わりですから現実は何も変わりません。

危機管理能力の低下というのは、ただ転ぶだけで、変なケガをしてみたり、のこぎりの持ち方を知らなかったり、むやみに振り回したり、危ない使い方をする子が多いという感じでした。全般に外遊びの経験値が下がっていることを如実に感じることが多くありました。

そして昔の遊びが継承されていないと感じました。はないちもんめ、ゴム飛びなどは今はもう誰も知らなくて、けいどろや色鬼もするんですが、高学年から継承された遊びではなく、各学年が勝手にやっているので、仲間同士のルール決めがあいまいで、遊びが続かないということがよくありました。かくれんぼなどは、隠れた子を探すのを勝手にやめてしまうということもよくありました。本来であれば遊びというのは子どもがどんどん開発するもので変化することが面白いのですが、その変化を感じる前に終わってしまうことがよくありました。

貧困問題も深刻であると感じました。習い事をいくつもやっていて忙しい子どもも多いですが、反対にまったく習い事もしていない、毎日外で弟や妹の面倒を見ている子もいます。土曜日の午後遊び場をやっているとお昼ご飯を食べていない子が食べるものを求めてやってくるということもありました。

そして雨でも風が強くても遊び場に必ず来る子どもがいて、その中にはとにかく家に帰りたがらない子、私たちスタッフから離れない子もいました。毎回遊び場に来ているのに、スーパーでその子のお母さんに会っても全く挨拶もない(たぶん親にはどこに行っているか言っていないのだと思いますが。)、私のことを知らないのか無関心なのかはわかりませんが、子どもだけが、母親の後ろでそっと私に手を振る姿に私は笑顔で答えながらも言い知れぬ切なさを感じていました。

子どもの遊び場の必要性

また、冒険遊び場を開催することによる効果というものも感じてきました。

  • 異年齢・多様な人々とのかかわりによる遊びの変化
  • 外で遊び込む中での子どもの変化
  • 公園での活動で見守る大人がいることで可能になったこと
  • 貧困・虐待・などの問題から子どもを救うために

 

毎回小学校1年生から中学生までいろいろな子どもたちが遊び場には来ていました。2011年頃には平均1日50人ほどの子どもが来る遊び場となっていました。その中で木に登る高学年がいれば低学年も登てみたり、鬼ごっこも毎回様々な年齢の子どもたちが一緒になって遊びだす光景が見られました。外で思いっきり遊んでいる時は「いじめ」は本当に少なくなります。みんな必死に遊んでいる時は仲間という意識が少しずつですが目覚めていくのを感じました。

端材で好きなものを作ったり、ダンボールで秘密基地を作ったり、縄跳びで遊んだりするうちに、子どもたちがいろいろな遊びを開発します。いらなくなった自転車を改造して発電機として遊んだり、てこの原理で物をいかに空高く飛ばせるかを競ったり、台車の上に基地を作り仲間を集めて戦争ごっこのようなことをしてみたり・・・。自分たちで考えた遊びを自分たちでどんどん変化させる面白さを知り、仲間と共に遊ぶ喜びを感じると何もない公園でも時間を忘れて遊び込みます。そんな遊び込んだ後の子どもたちとの会話には「心地よい風」が流れます。夕日を見ながら子どもたちと「きれいだね」といいながら空を見上げる。そんな何気ない出来事が私の至福の時でもありました。

そんな冒険遊び場では毎回必ず大人のスタッフが子どもを見守っています。見守ることでボール遊びも活動場所では行政と学校に理解をしていただき遊ぶことができました。不審者がいるので公園で遊ばすことが不安な保護者にとっては安心の材料となりました。地域の理解を得ながら地域の子どもを地域で見守ることができました。

また、貧困や虐待などで苦しんでいるどもたちを私たちが支援することはできなくとも、そうした子どもがいることを知ることで行政などにつなぐことができます。

地域の子どもの遊び場は子どもたちのセーフティーネットにもなる重要な場所ではないかと思ってます。

遊び場と息子の不登校

冒険遊び場という環境は希薄化した今の子ども社会にはとても必要なものと実感しながらも地域にはなかなか理解されず6年間アイテム愛媛近くの飯岡公園というところで毎週土曜日開催していました。

そんな遊び場で育った息子が不登校になったのは5年生の頃でした。冒険遊び場を母親はやっている、だから地域の子どものことはよくわかっている…その中で息子は不登校になりました。

でも学校を責めることも、いじめた子どもたちを責めたいとも思わない私がいました。4人の子どもを自分なりに育て「精一杯子育てしたぞ~!」という自負があったというのも理由の一つですが、なによりなぜわが子が不登校になったのか、そしてその問題の根源は親である私がすべて悪いというわけでもないし、先生が悪いわけでもない、そしていじめている子どもたちが悪いわけでもないという実感があったからです。

子どもたちの中には暴言を日々はき続けて遊ぶ子がいます。「しね」「うざい」「きえろ」「だまれ」など、これが学年によっては伝染するかのように増殖していきます。驚いたことにこれが今は小学校1年生から始まります。自分にされたことを他人にして楽しむいじめ「いじり」が日常となっている子どもたちがどの学校にも一定数います。

大好きな友達にも平気で「しね」という言葉を吐く子どもたちの様子を見ていると、その子たちにとっては「しね」も一種の愛情の表現であることにある時気づきました。おそらくその子どもたちは親からそうした言葉を浴びせられながら日々生きているのだと思います。

かたや、そんなひどい言葉を全く言わない子どもたちと毎日そうした言葉を発する子どもたちは毎日同じ学校の教室にいます。大人ならそんな環境からさっさと逃げ出せるのですが、義務教育の子どもたちは逃げられないのです。教室の仲間に違和感を感じる子は息苦しくなるだろうし、空気を読めなければいじめられる。空気が読めて要領のいい子だけが教室にいられるのです。

そんな空気を遊び場の中で日々感じてきて、それが子どもが悪いと言ってしまえばそれまでですが、それは育てている親の問題で、その親だってそうした親に育てられながらきっと苦しんできたんだと思います。こうした悪循環の連鎖が日本社会には起きているように思うのです。原因は貧困家庭が増え、格差がどんどん膨らんでいること、便利な社会になり、地域と関わることを嫌がり、孤独に生きる人が増たことなど、様々な問題が絡んでいます。

先生はそんな子どもたちと日々向き合い、そしてその保護者とも向き合っています。平均30人の子どもを見るということは本当に大変なことだと思います。森のようちえんで預かり保育をする時、キャンプで子どもたちと向き合うとき、どんなに頑張っても一人のスタッフに子どもが7人までが限界です。もし一人一人の子どもの心にもよりそう必要がある場合は3人までが限界です。だから先生に自分の子どもが学校へ行かなくなった原因を追究するというよりは、学校の体制を変えなければいけないと思いました。ただし先生がひどい体罰や暴言を吐く場合は別ですが。

もう一つの学校

今日本では学校へ行けない子どもがどんどん増えています。

日本の小学校と中学校には国の補助を受けて誰もが勉強できる義務教育というシステムがあります。だからどんな状態にある子でも学校へ行く権利があるはずです。

そして学校へ行けなくなることは不登校になった子どもの問題ではありません。社会全体の問題だと思っています。未来の日本を支える力のある子どもたちが学校へ行けないというのは大きな問題だと思います。

未来を担う人材が不登校となり自己肯定感を下げてしまう前に、新しい学校、これまでとは違う多様な子どもの個性を認め合いながら学べる場所が必要ではないかと思うのです。

・・・「群馬からきょんちゃんがやってくる」につづく