自然保育 感覚を磨く

とことことこ・・・
小さな子どもたちとゆっくりとしたペースで街を歩くと見えなかったものが見えてくる。

日向ぼっこをしながらまったりしている猫の毛並みの気持ちよさ。
早歩きのアリさんと、ゆっくりと進むアリさん。
水筒からこぼれたお茶が、道路のタイルの間をゆっくりと流れる不思議。

平らな石、すぐ割れる石、すべすべの石、ゴツゴツした石、大きな石。
お空の雲の形も変化する。
それから鳥の鳴き声もいろいろあって、真似してみるのも面白い。

子育て中は、毎日の家事に追われ、子どものこうした感性に付き合うことは難しい。その上に共働き家庭が増え、朝早くから子どもを保育園に預け、夜遅くまで働くとなると、夕食とお風呂だけで精一杯。

そうなると、その大切な子どもの感性を磨く場は保育園や幼稚園にゆだねられるわけだけれど・・・現実その使命を果たせる園は少なくなっている。

原因はいろいろ。保育士の数も問題かもしれない。0歳児は概ね3人に1人の保育士、1歳児~2歳児は6人に1人、3歳児は20人に1人、4歳児と5歳児は30人に1人の保育士が保育所保育士指針では決められている。私の感覚としては20人を1人の保育士が見て、子どもの小さな変化まで気づいてあげるのは結構難しいと思う。

それから安全管理。川遊びや山での遊びは危険が伴うという理由でほとんどの園が実施しなくなってきた。砂場は抗菌、ブランコもジャングルジムも撤去。子どもの事故を防ぐために、危ないと言われるものがどんどん撤去されてきた。

自然の中や地域の中で、のびのびと育ってきた多くの子どもたちの様子を見てきたからこそ、その必要性を実感できるし、その反対で学校でも家でも良い子を演じて、勉強もスポーツも頑張ったはずなのに社会にうまくなじめない大人も増えてきている。

怒りたいのに怒れない、泣きたいのに泣けない、悔しいのに笑顔で話してしまう、笑いたくないのに笑ってしまう、納得いかないのに「はい、わかりました」と言ってしまう・・・その場を穏便に過ごすためにはこうした社会性は必要なのかもしれない。でもこれをやりすぎると自分が誰なのか見えなくなってします。その場その場の感覚で自分の意見を主張すべきか、今はまだ早いのかを直感で感じ取る感覚。臨機応変に対応しながらも、自分の意見はちゃんと伝えることができるコミュニケーション力・・・すべてがうまく対応できる人は少ないけど、人や自然との関わりを多く子ども時代に経験した子の方が対応能力は高いように思う。個人差はあるけれど、自然保育は今後ますます求められてくると思う。


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