海の道として利用される『三津の渡し』

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駄菓子場「まさおかし屋」の最寄の駅は、伊予鉄三津駅だけど仙ちゃんのオススメ観光コースは三津駅の一つ海よりの駅、港山駅。下車して歩いて約2分したところの渡し船に乗って三津浜レトロに行くコースがオススメです!

三津浜は、明治時代から商売が栄えていた町です。そのため大きい船が出入りするのは危険なため、渡し船に乗り換えて三津浜に足を運んでいたそうです。現在は利用する人が少なくなりましたが、今でも三津の足として活躍中です。(自転車も乗れるので小フェリーとしても活躍中!)夏目漱石が松山中学(現在の松山東高校)に赴任した時も利用したと、「坊っちゃん」にも書かれています。また松山が舞台になっていてドラマや映画にもなった「がんばっていきましょい」にも出てきます!

三津浜には古民家がまだまだたくさん残っています。駄菓子場「まさおかし屋」がある濱田医院も大正、昭和と産婦人科をやっており多くの方々に愛されていました。また、港山駅から終点高浜駅まで電車に乗って松山観光港に行けばフェリーで広島にも渡れます。

是非松山に来られる際は三津に足を運んで駄菓子を食べながら三津浜レトロを観光してみては(^^♪
参考HP 四国大陸:海の道として利用される『三津の渡し』に乗って古い町並みを歩く《愛媛》

完・わくわく三津浜 ありがとう!!

こんにちは、仙ちゃんです。
6月31日からスタートした「完・わくわく三津浜」が昨日で閉幕しました。三津浜レトロがまるで夢世界に入ったような二ヶ月でした!

よく駄菓子場「まさおかし屋」も「完・わくわく三津浜」の一部だと言われましたが、違います。駄菓子場「まさおかし屋」は水〜土 15:30〜18:00日 10:00〜18:00までしています!場所は三津浜の旧濱田医院1F(松山市住吉2丁目2-20)定休日は月・火です。是非遊びに来てね!

8月31日のクロージングパーティー「よこまくら」では「完・わくわく三津浜」に関わったアーティストさんがパーフォマンスやBBQなどを振る舞い三津浜の方々に感謝の思いを振舞っていました。パーティーの最後には「完・わくわく三津浜」の代表の海野さんが挨拶をしました。その挨拶で「完・わくわく三津浜」の完は「完了」の完ではなく「完全」の完だと言っていました。これは昨日でわくわく三津浜は終わりましたが、一人ひとりのアーティストさんの人生はここからまた新たに再スタートするという意味だそうです。

昨日の海野さんの言葉はアーティストさんだけではなく私たちにも言えることではないでしょうか?実際に次の日から二学期がスタートしました。クロージングパーティーに来ていた子ども達の中でどれだけの子ども達が勇気づけられ、9月1日という新しい第一歩を踏み出したのでしょうか。

この二ヶ月間、「完・わくわく三津浜」のみなさんが三津浜の活性化に力を入れてくださいました!今度は私達、地元民が力をあわせて三津浜の活性化をする番ではないでしょうか?

話は変わりますが9月14日水曜日18時54分からあいテレビの「よるまち」にまさおかし屋が出ま〜す!(愛媛県以外の方は見れません!I’m sorry.ヒゲソーリー!)
昨日のクロージングパーティーの一部です!

まさおかし屋

東京で出会った友達を
三津の港に
迎えに行った帰りに
あなたは
彼と店に来てくれた
たくさんのお菓子に囲まれて
私は彼とあなたの出会いを聞いた

あなたが三津に俳句を
書きに来た帰りに
店に来てくれた
あなたが来た時
たくさんの子ども達が
お菓子を買いに来てくれた
あなたは
店に来ていた子ども達と
楽しそうに会話をしてくれた

まさおかし屋
あなたは肺病で
結婚を断念した
でもこの店で
たくさんの子ども達に
囲まれて
お菓子を食べたり
ラムネを飲んだりして
本当に幸せそう
あなたには
子どもはいないけど
本当は子ども好き
この店で
たくさんの子ども達に
俳句を教えてあげてくださいや

~5月31日 仙ちゃんブログ~

~本田裕次郎のブログ~駄菓子場 まさおかし屋という名前について綴りました。

誰にでも愛される居場所を

駄菓子屋を開いて
一番最初に
男の人が来てくれた
彼は
今の子ども達にも
自分が子ども時代に
体験して楽しかった
居場所をこれからも
維持してほしいと
言ってくれた

その男の人が
店を出た後
たくさんの
子どもたちが来てくれた
子どもたちは
たくさんお菓子を
買ってくれた
そして彼らは
こんな近くに
安くお菓子を買えるお店を
これからも続けてほしいと
言ってくれた

誰にでも愛される居場所を
大人達には懐かしい居場所を
子ども達には新鮮な居場所を
私は仲間達と作り続けたい
一日や二日では難しい
一人や二人では難しい
けどそれを続ける事で
きっと素晴らしい物が
出来てくる
私と仲間達で
協力してやり続ける事で
きっと私達らしい
素晴らしい物が出来てくる

~4月17日 仙ちゃんブログ~

~本田裕次郎のブログ~駄菓子屋プレオープン1日目(H28.6.9)に感じた想いを綴りました。

駄菓子屋「和ーるど」に決定

三津でOPENする駄菓子屋の名前は「和ーるど」に決定しました!!

地域の中で育まれる、子どもたちの居場所としてこれから少しずつ成長していきますので、みなさんどうかよろしくお願いします。
仙ちゃんが「和ーるど」について詩を書いてくれました(^^♪

大学の講義で
インドの子供達の
現状について学ぶまで
子供の本業は
学問だと思っていたけど
大人と同じような仕事をして
それが幸せと感じる子どもも
いることを初めて知った

大学時代の友人に
韓国の人が多かった
私自身は未だに
韓国語をしゃべれないけど
私にとって彼らは
大切な仲間だ

和ーるど
世界には
いろんな国がある
世界には
いろんな人がいる
人の考え方は
それぞれ違うけど
人は誰でも
幸せを求めて歩いている
あなたの歩いている方向が
周りには理解できないことも
たくさんあるかも知れないけど
ひたすら歩いてごらん
そうすれば見えてくる
あなたらしい和ーるどが

~平成28年4月22日仙ちゃんブログ~

駄菓子屋「和ーるど」
~本田 裕次郎のブログ~

自転車で日本一周している漫太郎さんへ

秋田から自転車で
日本を一周する
若者がいる
私は彼に聞いてみた
なぜこの旅をするのと
彼はいう
この旅をすることで
自分に自信がつくからと

愛知から自転車で
日本を一周する
若者がいる
私は彼に聞いてみた
なぜこの旅をするのと
彼はいう
この旅をすることで
自分の将来が
見えてくるからと

どこに行くのだろう
私達はわからない
明日への道
だから不安になる
将来どう歩くのかと
でもこの道に
願望を持って歩いて行くと
必ず見えてくる
あなたらしい道が

~4月18日 仙ちゃんブログ~

秋田から自転車で日本一周にチャレンジしている漫太郎さんが今年の3月、松山にやってきました!
~本田裕次郎のブログ~

仙の風

いじめられていた中学時代
何度も思った
死にたいと
けど
どこかで聞こえた
仙の風
あの時はなんだか
分からなかったけど
とりあえず進んでみようと思った

高二の夏
一人でアメリカに
渡った時聞こえた
仙の風
日本語が全く通じない仲間達と
一ヶ月楽しく
同じ時間を過ごせたのは
優しい仙の風が私を
見守ってくれていたから

仙の風
いじめられていた中学時代
初めて私に吹いた
優しい風
その風は
時には強く吹き
時には穏やかに吹く
でもどんなときでも
変わらず優しく私を
包んでくれるのは
仲間達が優しく私を
見守ってくれているから

~4月17日 仙ちゃんブログ~

自分の詩をこのホームページに載せようと決めた時の想い
~本田裕次郎のブログ~

自分らしく生きられる場所

私たちが
楽しく遊んでいる中
一人
悩んでいる少年がいた
私が一緒に遊ばないかと
彼を誘ったら
彼は言う
足が悪い僕が
彼らと一緒に遊んでも
彼らは
何も面白くないだろうと

しばらく遊んでいると
散歩途中のおじいさんが
私たちの方を
眺めていた
私が一緒に
遊びませんかと誘うと
おじいさんはおっしゃった
わしみたいなおじいと遊んでも
君たちは何も面白くないだろうと

自分らしく生きられる場所を
健常者は健常者での
障害者は障害者での
高齢者は高齢者での
楽しみ方がそれぞれある
それは
そうかもしれないけど
だから消えない
差別という言葉
誰もが怖がっている
知らない人と交わることを
でもその不安を一歩
踏み出すことで
あなたらしく生きられる
世の中ができるかもしれない
誰もが安心して
来られる場所を
ともに作ることで
私達は生きられる
そういう場所を
私は作りたい
あなたと共に

~平成28年4月4日仙ちゃんブログ~

子どもたちの居場所としての駄菓子屋の店長をやると決めた時の想い
~本田 裕次郎のブログ~