遊び場通信11号 2010.3.29

遊び場通信11号

  • ボール遊びができる公園
  • 携帯電話を好き放題使っていると、学力が下がる!
  • 自然に育まれた保育
  • 第3の居場所
  • 「ざん・ぱら一座」活動報告

 

 

 

ボール遊びができる公園

ルールを設けることでキャッチボールやサッカーなどが楽しめる公園を増やしている松山市は、新たに久万ノ台緑地(久万ノ台)のボール遊びを解禁した。市は2006年から、日本公園緑地協会の助成を受け、ボール遊びを禁止してきた公園に、「遊具の近くでボール遊びをしない」「硬いボールを使わない」などのルールを設け、それらの注意事項を記した看板を園内に立てることでボール遊びを認めてきた。※すでに平井公園(平井町)▽河野別府公園(河野別府)▽中野公園(中野町)の3公園のボール遊びを解禁している。

携帯電話を好き放題使っていると、学力が下がる!

(産経新聞2010年1月25日より)

親にとっては心配な結果が、昨年公表された。全国学力・学習状況調査(学力テスト)で明らかとなった。

文部科学省によると、携帯電話の使用状況との相関関係を検討した結果、中学3年生で、通話やメールを「ほぼ毎日する」生徒と「ケータイを持っていない」生徒では数学Bで7.6点の差があった。

また、使い方についた「保護者との約束を守っているか」の質問では「守っている」と「守っていない」とでは数学Bで15.4点、国語Bで13.5点の差がついた。

「友達からメールが来るし、飽きたらゲームをしてしまう。ケータイがそばにあったら、集中して勉強している時間は十分くらい」

大阪府が平成20年7月、小中高校計約一万三千人に携帯電話利用の実態調査をしたところ、依存度が高い子供ほど学習時間が短いとの傾向が出た。

これを受けて府知事の橋下徹は、学校への持ち込み禁止を宣言、波紋を広げたが、実は全国でこの動きはすでに広がっていた。同じ月の6月には石川県議会が、小中学生に携帯電話を持たせないという「保護者の努力義務」を盛り込んだ「いしかわ子供総合条例」改正案を可決。今年1月から施行された。

犯罪被害や学力低下。子供や教育にとって邪魔扱いされることも多い携帯電話だが、「学習を助ける優れた機能を持っている」と考える動きもある。

東京大学先端科学技術研究センター教授の中邑賢龍は昨年、ソフトバンクモバイルと共同で、発達障害の子供らの学習を支援するプロジェクト「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」を実施した。プロジェクトでは、自閉症の子がメールを使うことで進んで会話できたり、忘れ物が多いと注意されていたADHD(注意欠陥・多動性障害)の子が、カメラで撮影することで忘れ物を減らせたなどの効果があったという。

「小型化したり、優れた機能が追加されるだろうが、重要なのはコミュニケーションツールとして発達すること。ケータイが、人と人をつなぐツールという原点は変わらない」

自然に育まれた保育

千葉県の木更津には認可保育所として「木更津社会館保育園」が里山保育を実践している。

年に60日、年長組が3キロ離れた、山の中で泥だらけになって思いっきり遊び、火を焚いてご飯を作り、地域の農家の人からいただいた野菜などでおみそ汁を作る。

里山保育を始めた宮崎栄樹園長は、「感性の成熟は10歳までが勝負。五感が感動にうち震える体験を何度も積む必要がある」と、学校5日制実施に対応し、土曜日の朝9時から夕方3時半まで、「社会館ポプラクラブ土曜学校」も行っている。

子どもの親など、地域の大人を巻き込んで、独自の環境教育を始めた。

この里山は地元の小学校では、放課後や休日、児童の立ち入りを禁止している。

しかし、土曜学校は、小学校とは全く異なる教育方針を持っている。「1年生から 6年生まで学年の枠を超えた異年齢集団の中で育っていってほしい」。上級生が下級生の世話をしながらリーダーシップを身につけ、下級生も上級生から学びながら社会性を身につける。指導者と呼ばれる大人たちも子どもを直接指導しない。それぞれが興味のあることに打ち込んでいる後姿を見せることで、子どもたちが影響を受け、みずからの力で成長していくことを狙っている。それは高度成長以前、どこでも見られた地域の中での子育てにも似ている。

今年の3月に、「里山保育を実践している保育園で働きたい!」夢を持った我が娘が、就活も兼ねて、見学にいった。

泥だらけで遊び、大人の背丈をはるかに超える手作りの竹馬を乗りこなす子どもたちがそこにはいた。全国で自然に育まれた保育の実践が今、広がっている。

「危ない」「汚い」「危険」という言葉で子育て環境から排除されてきた自然… しかし今、排除したことで子どもたちに新たな危険が忍び寄っている気がしてならない。

私たちが生きていくために欠かすことのできないものを排除するのではなく、関わる中で共に守り育むことも「エコ」ではないのだろうか。

第3の居場所

私たちが毎週土曜日に行っている冒険遊び場と児童館の違いといえば、児童館にはエアコンがあり夏も冬も快適に過ごすことができ、パソコンや体育館など設備も整っている。

安全面も配慮した建物だし、子どもが遊びたくなる催し物や、手づくりできる遊びなども用意されている。

かたや冒険遊び場には空調設備はなく、ただあるのは太陽の下で走り回ることのできる空間と木やダンボール、それを加工することができる道具のみ。自然にも左右されるし、みんなの思い通りにはならない。

私たちが自然の中での遊び場活動を必要としている背景には、楽ではない自然という空間が実を言うと、人間を一番癒してくれる存在であり、自然の中で遊ぶ子ども達はどこまでも必死で、なお且つ自分自身の感性で思いっきり表現できる最高の場所であるから。

今の子ども達は、熱い夏、エアコンの効いた自宅の居間や児童館やスーパーで群れ、春や秋には公園や広場で遊ぶ。快適な場所、快適な仲間を見つけ、楽な遊びを選択する時代になっている。

親としては「努力」、「苦労」、「喜び」、「感謝」などを体験させたいと思うが、親が楽を求めれば求めるほど子どもにその事を伝えるのが難しくなっている。親は子どものためを思い、スポ小や習い事など、子どもの可能性を信じ、時間とお金をそこに費やす。
便利な時代にはなったけれども、子どもをちゃんと育てるには時間もお金もいるし、それ以上に親の生きざまが問われている。

昔のように「ほっておけば自然に育つ」というような時代ではない。

しかし、共働きや母子家庭、非正規社員の増加、リストラなどの家庭の状況により、子どもに時間とお金をかけることのできない家庭の子どもたちも増えてきている。

「お昼食べてないからお腹すいた。」

「お母さんは?」

「家にいない。」

こんな光景が遊び場にもある。

家庭のかたちが変わってきた近年、児童館や冒険遊び場のような子どもの居場所は家庭でも学校でもない「第三の居場所」として子育て支援や、セーフティーネットのような役割も求められてきている。「児童館は90年代までと違い、今や遊び場だけでなく困難家庭を支えるソーシャルワークの機能が欠かせない。」とはある児童館員の話。

しかし本当は、地域が第三の居場所であるべきではないのだろうか?

松山には様々な子育て支援の団体が活躍しているし、これからは地域ごとにまちづくり協議会も立ち上がると聞いている。

たくさんの人がその事に関心を持ち、積極的に話し合い、行政や地域と共に考える場がまず必要なのではないだろうか。

4月には松山市の市議会選がある。本当に地域のため、子ども達の未来のために政治をしてくれる候補者が当選することを願いたい。

「ざん・ぱら一座」活動報告

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◆開催日時:2010年3月20日(土)
◆開催場所:松山市三津1丁目の古民家木村邸
◆内容: 昭和のレトロな街並みが残る三津の町 を、子どもと共に歩き、不思議なもの、 面白いものを探しました。
そして午後からはその不思議を物語にかえ、保護者の方や地域の方にみていただきました。
この通信では、子どもたちが当日10時 から午後2時30分までの5時間30分(お弁当タイム1時間)に作り上げ演じきった物語の内容を紹介しています。

【協力】NPO法人あそび環境Museumアフタフ・バーバン
【主催】NPO松山冒険遊び場みんなだいすき!

アフタフ・バーバンの魅力

「イメージするのが楽しい!そして参加後の満足度がスゴイ!」
これがアフタフ・バーバンの魅力です。

しかし、それ以上に当日の子どもの反応や発想、それに対するバーバンの関わり、子ども以上に遊び心を満喫しているボランティアスタッフの変化など…言葉ではバーバンの魅力は表現できない。

だからまず経験してみてほしい。

そして主催者の私自身がもしかしたら一番楽しんでいるのかもしれない。

子どもたちが瞳を輝かして、必死に考え演じるプロセスを一緒の空気の中で感じることの幸せ、そしてイベント終了後の日常の中でも、子どもと郷関できる関わりでいられることがとても心地いいし、だからこそ子どもから元気をもらえる関係でいられる。

「企画するのは大変なのでは」と、よく言われるが、魅力を感じたければ企画から関わるほうがいいと思う。

遊びをイメージすること、その楽しさが分かれば、人生もきっと楽しくなる。

NPO法人あそび環境Museum
「アフタフ・バーバン」の表現活動とは…

広く子どもから大人に対して、あそび、表現活動を通じて、共に遊び合い、関わり
合う中で、一人一人が自分らしく表現することを目指し、豊かな遊び環境および豊か
な地域社会をつくり出すことを目的としています。
どんなところへでも、誰とでも、いつだって、年齢・世代・性別・地域・ハンディー
の有無を問わず、様々な条件があったとしても・・・
楽しみながら、おもしろがりながら多種多様なあそび・表現活動のプログラムを創り
だし、展開しています。
◆1997年に東京を拠点とし設立
◆「ファンタジーを遊ぶ子どもたち」日本演劇教育賞受賞
◆IPA(国際あそび場協会)世界大会に参加
◆「忍者からくりやしきの謎」
中央児童福祉審議会推薦
◆ドラマ教育世界大会に参加
(オーストラリア・メルボルンにて忍者修行)
◆「魔法の森の招待状」
中央児童福祉審議会特別推薦
◆全児連奨励賞受賞
◆「まちをあそぶ」忍者公演1800回突破

 

◆題名 竜とおじいさん
・グループ名 松山城(小学生男子3.4.5年生)
・見つけたもの! 雪だるまのような形の穴を発見!造船所にもおもしろいものがいっぱいあったみたいです。
・物語の内容 
ある日のこと、造船所の船の部品が海に落ちました。
その部品は地面をつきぬけ、海をつきぬけ、どんどん地球の奥深くへ落ちていきました。
着いた場所は竜のすみか。地中奥深くで生活していた竜のすみかでした。
竜はその穴の横の地盤を突き抜けるようにしてものすごいスピードで地上まで上がってきました。地上に上がった竜は部品の落ちた造船所に向かいました。

その頃、造船所ではおじいさんが船の修理をしていました。部
品が落ちたことには気がつかず、一生懸命修理をしていました。

しかし突然「ド!!!ッ」と船が倒れてきたではありませんか!

その時、あの竜がおじいさんを助けるためにやってきて、船の下敷きになってなくなってしまいました。

おじいさんは助けてくれた竜のことを思い、毎日神社にお参りに行くようになりました。
そしておじいさんは・・・
腰が伸びて若返っちゃいました!

 

◆題名 魔法のたこつぼ
・グループ名 坊っちゃん改めマドンナチーム(小学生女子3.4年)
・見つけたもの! 大きな穴・たこつぼなど
・物語の内容 
三津の海には昔、魔法のたこつぼが沈められていました。
しかし、誰かがそのたこつぼを盗んでしまい、たこつぼがなくなってしまいました。
三津の海では魚がまったく釣れず、みんな困ってしまいました。

そこで村人たちは、魔法のたこつぼを探すことにしました。町中のいろいろな人に聞いてみましたが見つかりません。

 しかし、一つだけ手掛かりを見つけることができました。

それは「村から少し離れた、穴の中に隠されているのでは?」というものでした。さっそくみんなは、その穴を探しに出かけました。海に近い山のほとりにその穴はありました。でもあまりに不気味で誰も入りたがりません。

 しかしその中の女の子が勇気を振り絞ってその穴に入る決心をしました。

みんなはとても心配しました。

でも、魚が釣れないと村が困ってしまいます。だから女の子は1人で穴に入ることにしました。

「気をつけてね!」

みんなの温かい声援に守られながら穴に入り10分ぐらいすると…

「あったよ!」

といって女の子が魔法のたこつぼを持って出てきました。

「やった!!」村人たちも大喜び!

さっそく、海に沈めると、魚たちがいっぱい海にとび出してきて、昔のように魚が釣れるようになりました。
めでたしめでたし。

 

◆三津港の話
・グループ名 みかんはみかんでもはるみチーム(大人と幼児)
・見つけたもの! ㋐あな㋑いし㋒うみ㋓えだ㋔おさかな
・物語の内容 
むかしむかし、三津に大津波がやってきて、港山に大きな穴ができました。
その穴に子どもたちが石をなげると、あらビックリ!魚が飛び出してくるではありませんか!

それを知った村の人も石を投げ入れるようになりました。

石ころ一個入れると魚が一匹。

二個入れると魚が二匹。

村人たちは漁に行かなくても、魚がとれるので、働かずに遊んですごすようになりました。そして、いつしか港山はがくがく山になってしまいました。

 ある日のこと、その村の様子を見ていた神様が竜の姿に変わって、その穴から現れました。

『なにごとじゃ!津波でみんなが苦しんでいると思い、魚が飛び出す穴をあたえたのに働かないとは!』

その姿を見た村人はビックリして、自分たちのしてきたことに反省し、これからはしっかり働いて、この港山が栄えるようにみんなで頑張っていくことを竜に約束しました。
そして、その竜をまつるために神社をつくったそうな。
めでたしめでたし。

 

◆題名 魔法の牛と神様
・グループ名 ぶんたんガムマックスチーム(小学生男子1.2年)
・見つけたもの! ワカメ・電球・イカの骨・缶と何かを合体させた牛のような形のもの
・物語の内容 
むかしむかし、三津におばあさんが住んでいました。
おばあさんは働くのが嫌いで、働きませんでした。
そのため、とても貧乏でした。ある日おばあさんは良い事を考えました。

「そうじゃ!牛を飼って牛に働いてもらえばええ!」

さっそくおばあさんは牛を2頭飼いました。

しかしその牛たちはまったく働きません。

食べるものがなくなったおばあさんは悲しい声で

「あ~あワカメでもとれれば食べることができるのにの~。」といいました。

するとどうでしょう!一頭の牛が角を抜いて何やら書き出したではありませんか!

書いたものを読んでみると…

「あにきにまかせろ」と書いてありました。

「あにきにまかせろ?とはどういうことじゃ?」不思議に思ったおばあさんは考え込んでしまいました。

すると、突然!もう1頭の牛がしゃべりだしたではありませんか。

「わしじゃ!わしがあにきだ!ワカメがほしいなら神様に頼んでやる。神様ワカメを~…」

するとどうでしょうワカメが出てきました。

ビックリしたおばあさんはもう一度頼んでみることにしました。

「家が暗いので明るくしてほしいの~。」

すると、弟牛がまた角を抜いて、なにやら書き出しました。

「あにきにまかせろ」

するとまたあにきの方の牛がしゃべりだし神様にお願いを始めました。

「電球がほしい~部屋を明るく…」

すると、どうでしょう、部屋に電気がつき明るい部屋に変身しました。

おばあさんはどうしておとうと牛がしゃべらないのかあにきに聞いてみました。

すると、「おとうとはあんまりしゃべらない。」という答えが返ってきました。

おばあさんは、こんな風に牛たちにいろいろなものを出してもらって、幸せに暮らし、家を出て行った子どもたちも帰ってきてみんなで暮らすようになりました。

そんな幸せな風景を見たおとうと牛が「おしまい」としゃべったので、みんなびっくりしてひっくり返って本当のおしまいになりました。

 

◆題名 ボケを食べたネコ
・グリープ名 たいみかんチーム(小学生女子1.2年)
・見つけたもの! ねこと釣具屋さんにいたボケという海の生き物
・物語の内容
むかしむかし、港山にはたくさんのネコが住んでいました。

ネコはとてもお腹がすいていました。

そこでネズミを食べるために、村中を探しましたが、見つかりません。仕方なく海の近くを歩いていると、エビのような形のボケが海にたくさんいるのをみつけました。みんなはさっそくいただくことにしました。

しかし、ボケを食べてボケてしまいました。

ボケたネコたちは酔っぱらったようになり、村の人がしかけていた「ねこほいほい」で一気に全員つかまってしまいました。

『助けてくれ~助けてくれ~』

ネコたちはもがき苦しみました。

そしたら、突然「ネコほいほい」からおっこちてしまいました。

そして、ボケが体の中からとびだしたので、もとの姿に戻りました。

しかし、ボケが飛び出してきたわきの下の傷がいたくて歩けなくなりました。

そこで、山でよもぎを探し傷にぬりました。

そんな間にも村人が猫を追いかけてすぐそこまで、やってきていました。

ネコたちはつかまらない方法を真剣に考えはじめました。

すると、ある一匹のネコが急に海の向こうに向かって手をふりだしました。

しばらくすると、海の向こうから渡し船がやってきて、ネコたちは飛び乗り、危機一髪! 逃げることに成功しました。

島についたネコたちは神社にお祈りをしました。

『今度はネズミが捕まりますように!』

神社の影からキツネやイヌも現れて、その島でネコたちは幸せにくらしたそうな。めでたしめでたし。